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“ボストンマラソン爆破事件” と呼ぶのが正しい

あの事件は一般的には、「ボストンマラソン爆破事件」と呼ぶのが妥当である。

あの事件を「ボストンテロ事件」と呼ぶのはかなり強引な解釈を前提にしている。そしてあの事件の仕掛け人は、まさにあの事件を「ボストンテロ事件」と呼んでもらって歴史の1ページにしたがっているのである。

この“ザウルスでござる”にやってくるかなりの割合の人々が未だに「ボストンテロ事件」という言葉で検索してくるのには驚く。あの事件が“テロ”だという証拠がどれだけあるというのか。逆にあれが“テロ”ではなく、でっちあげの“被害演出”であるという証拠は山ほどあり、その証拠は現在でもうず高く積み上げられているのだ。このブログに来て多少真実を知っていただいたら、それ以降は、「ボストンマラソン爆破事件」と呼んでいただきたいと願っている。



ある意味で、あのボストンマラソン爆破事件を今でも“ボストンテロ事件”と呼び、その名前で記憶している人々はいつまでも染脳が解けないままであるということだ。すっかり頭脳操作されているのだ。その意味で、「ボストンテロ事件」という名称は十分に機能していると言えよう。

ある事件をどう呼ぶかは非常に重要なことである。
たとえば、△△氏が死亡したとしよう。その死亡の解釈の数だけ呼び名が存在し得る。

「△△氏死亡事件」
「△△氏殺害事件」
「△△氏惨殺事件」
「△△氏変死事件」
「△△氏事故死事件」
「△△氏自殺事件」

いかがであろうか。どれでも同じであろうか。死亡原因に踏み込まない、もっともニュートラルな名称はたしかにいちばん最初の「△△氏死亡事件」である。しかし、死亡原因が仮に他殺であることが明白で、証拠も十分にあり疑いの余地もなく証明されているケースであるのに「△△氏死亡事件」と呼び続けるのにはニュートラルどころか、かえって特別な意図が潜んでいることになろう。名称や呼び名は大した問題ではないというひとは、言葉、名称、呼び名によってどれだけ人心が操作されうるものかを知らないのであり、そういう人ほど見事に染脳されているものである。言葉の力は絶大である。いったんそれを受け容れさせてしまえば、しめたものなのだとスピンドクターはいつもほくそえんでいる。

“呼び名”によるこうした頭脳操作の典型的な例は、“原発”である。これについては徹底的に書いたのでぜひお読みいただきたい。  「原爆と原発は違う?」

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