記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

キャパの「崩れ落ちる兵士」   NHKのおごり


   ( ↑ 上の写真は以下の写真に続く ↓ )


 続 編  誤解もあるようなので、前記事の論点を整理したい。


 


<フィクションでも“縛り”があるだろう>


●  もともとは単純な史実をわざと複雑にして少しずつ解明して見せて読者を楽しませる。


●  事実にはもっとウラがあって、実はこうだったのだと言って意外なストーリーを展開して読者をうならせる。


大いにけっこうである。そういう例は出版の世界ではいくらでもある。わたしも好きである。しかしそういったフィクションでもよく出来たものとそうでないものとがあると思う。よく出来たものには客観的な歴史的資料や証拠との整合性がある。既存の証拠と両立するかたちで新しい解釈や視点を提示している。作品の良し悪しは既存の証拠や資料との整合性という、その“縛り”を作家がいかにクリアして新しい解釈、新しい視点を提示できるかどうかである。受け手はフィクションではあってもそのフィクションの送り手が当然そういった“縛り”をクリアしているものとして受け取る。しかし、もしそのストーリーが客観的な歴史的資料や証拠と両立するものでなく、逆にぶつかるものであったら受け手は失望するのではなかろうか。俄かに興ざめするはずである。


ただ、ストーリーが客観的な歴史的記録や証拠に反するおそまつなものであっても、その作者がその作品を自分の本のかたちで出版して売ることには何の問題もないし、それは当人の自由である。どんなでたらめなストーリーでも、でっちあげでも創作表現の自由はある。わたしはこの範囲のことなら何も言わない。じっさい書店に行って見れば“史実”と称しながらも根拠の薄い、いいかげんな内容の本が無数にあり、さらに毎年たくさん出版されている。しかし、それは自由である。


 


しかしである。日本の公共放送を担う事業者であるNHKのテレビが、根拠の疑わしいそのストーリーをほとんど鵜呑みにするかたちで電波にのせて日本中に流すとなると、話は別であろう。わたしはこの差は大きいと思うのだ。個人が自分の説や物語を本で出版するのとまったく別次元のことであるとわたしは思う。テレビは一挙に何百万人、何千万人の視聴者に向けて発信するのである。それも日本の公共放送を担う事業者であるNHKのテレビとなると見過ごせないと思うのだ。


 


<番組制作にも“縛り”があるはずだ>


NHKには民間放送以上に“縛り”があるようだ。ウィキペディアによると以下のようにある。(下線は筆者)


「(放送法第4条第1項) NHKは放送事業者であるため、国内放送及び内外放送の放送番組の編集に当たっては、公安及び善良な風俗を害しないこと、政治的に公平であること、報道は事実をまげないですること、意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすることが求められている


 NHKと日本全国の視聴者のみなさんに問いたい。


1.「報道」でなければ偏ったかたちで「史実」を伝えていいのだろうか?


2.紹介する説にとって不都合な先人の研究や証拠を視聴者に見せないで、「・・・意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすることが求められている」 という放送法の要求に十分こたえていると言えるだろうか?


 


NHKドキュメンタリー「沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚 ~"戦場"写真 最大の謎に挑む~」番組中の当の作家の説の2本の柱は以下のものと思われる。


● ヤラセ否定説 (ヤラセではなく、実は偶然足をすべらせたのを偶然撮った)


● ゲルダ・タロー作者説 (キャパ自身ではなく、実は彼の恋人が撮った)


番組中この2つは彼の“新事実”の根幹のようである。おそらく彼の作ったフィクションにおいても欠かせない前提なのであろう。しかし、その前提ははたしてどれだけ既存の歴史的記録・証拠・資料と両立するものであろうか。


3.NHKは番組制作にあたって、この説の信ぴょう性についてどれだけ検証を加えたのであろうか。この点も3つめとして、上記の2つの質問に加えたい。あの番組を見るかぎり、第三者的な立場で客観的な検証を加えたようにはとても見えない。それどころか、一緒になってその説を日本全国の視聴者に“売りこんでいる”ようにしか見えない。上記の説にぶつかるような都合の悪い証拠や資料はほとんど出さず、上記の説だけを前面に押し出しているようであった。根拠の疑わしい説を“新事実”としてかつぎ上げて全国の視聴者に紹介しながら、NHKはその説の主張者の不当な利益に大いに貢献している。そして自分もそのおこぼれに与かっている。視聴者が喜べばいいと思っているのだろうか。ドキュメンタリー番組ということで視聴者は“ウソのない話”を期待しているのである。視聴者を裏切ってはいけない。なめてはいけない。


もし、「推理ドキュメント」として、“推理”を冠することによって予防線を張っているとしたら、逆に相当に悪質である。これを冠するだけで“放送法の縛り”から自由になれると思っているとしたらとんでもないことだ。


 


「先人たちの地道な調査や研究の表面に自分たちの“メッキ仕事”で見栄えを良くしながら地金を隠す。そしてそれを自分たちのオリジナルであるかのようにして“売っている”」 ---前記事でこう書いた。この意味がよくわからない読者もいたようなので、解説しておこう。


●「自分たちの“メッキ仕事”で見栄えを良くしながら・・・」 = 先人が手仕事でやったことを“最先端のCG技術”でなぞってオリジナルに見せながら・・・


「先人の業績の一例(2009)」:http://www.dailymail.co.uk/news/article-1201116/How-Capas-camera-does-lie-The-photographic-proof-iconic-Falling-Soldier-image-staged.html


 


 


●「・・・地金を隠す」 = ・・・都合の悪い証拠や記録を視聴者に見せない (出したら“売り物”の説が崩れるおそれがあるからだろう)


「キャパ研究の一級資料」:http://www.flickr.com/photos/gunthert/3731819209/in/photostream/


 


 


実にあさましい。


NHKは“日本のBBC”だそうだ。比べられるBBCがいい面の皮であろう。


はっきり言って、わたしはこの作家の作品は何一つ読んでいない。読んでいなくてよかったと思っている。そして今回のキャパをテーマにしたらしい十字架がどうのこうのというものも当然読んでいない。なぜか?まったく必要が無いからである!1本の番組はその放送局の1つの作品である。テレビの番組制作者はそのプライドを持って作っているはずだ。そして、わたしはその放送局のその1本の作品を問題にしているのである。この作家のファンの方々には申し訳ないが、彼の本は、今回のこの問題においては、まったく対象外である。そっちはどうでもいいのだ。


 


NHKが日本の公共放送を担う事業者であるならば、民放以上に“縛り”があるだろう。当然である。日本で国民から受信料を取っている唯一の放送局である。別に国民の税金もNHKには流れ込んでいる。今回の番組が民放の番組であったら、わたしはここまでこだわらない。


上記の3つの質問にNHKは逃げずにきちんと回答する義務があるだろう。わたしの「キャパの「崩れ落ちる兵士」  "NHKのヤラセ"か」の記事には、すでに3万を超える訪問者がいる(正直言って、自分でも驚いている)。NHKの関係者が気づいていないわけがない。そうだ、あなただ!ぜひ回答してくれたまえ。


                                         


<追記>  わたしがNHKをいじめてばかりいるように思われるのは心外である。NHKにはときどき本当にすばらしい人がいる。わたしがいちばん分かっていると思う。わたしはその一人を讃え、なんと歌まで作ってユーチューブで歌っている。英語版まで作って自分で歌っている。すべてわたしザウルスの作詞作曲である。こんな歌は世界でただ一つだろう。NHKだってこんな歌は作っていない。あなたの知らないすごいNHKがある。批判をしながらも、わたしがNHKを見限ることができない理由がここにある。ぜひ聴いていただきたい。


日本語版: http://youtu.be/VRmc9vKk6No
英語版: http://youtu.be/UJ70N8xLqV8


 最初最後にNHKに関する部分があるので、必ず最後までお聴きいただきたい。


2015.12.14. 追記: 日本における ”キャパ神話” は沢木耕太郎が長年にわたって丹念に築き上げたもので、しょせん彼のメシのタネにすぎないでっちあげである。日本人の“夭折好き” に付け込んで “キャパ神話” を作り上げたのである。このことを知らない一部の一般大衆が真に受けて、沢木耕太郎の本を買って有り難がっているだけの話である。一般大衆の無知につけこんで史実をゆがめた詐欺まがいのビジネスである。            

関連記事
スポンサーサイト

コメント

Unknown

・・・わたしもいっぱい食わされた口です。友人にもさんざん激賞していました。その友人に教えられてこちらに来たんですけど。

しかし、NHKはこんな薄っぺらな番組作りしているんですねえ。もうちょっとましかと思っていたんですけれどね。

でもとても明快な論ですっきりしました。ありがとうございます!

低レベル

1.「報道」でなければ偏ったかたちで「史実」を伝えていいのだろうか?

これって、「大河ドラマは史実どおりじゃないから、けしからん!」ってバカのことをほざいている奴らと同じレベルの低能さだぜ。

ドキュメンタリーだって、ノンフィクションだって、著者や製作者のバイアスが入っていることは、誰だって知っているだろうに。お前、そんなこともわからないのか?

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ザウルス

Author:ザウルス
真実は、受け入れられる者にはすがすがしい。
しかし、受け入れられない者には不快である。
ザウルス

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。