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ザウルス哲学メモ (3) 弁護士は “傭兵” である


 


知的興奮


知的興奮というものは、常識や先入観に囚われていない人間にしか味わえないものである。世の中の大部分の人間には無縁のものである。  


それでは世の中の大部分の人間の味わっている興奮は何か。性的興奮とギャンブルの興奮である。つまりセックスと金である。    2016.06.29.


 


 


信者、崇拝者、賛美者は決して真実を受け入れない  


宗教的カリスマでもいい、政治の世界のヒーローでもいい、芸能界のアイドルでもいい。信者、崇拝者、賛美者がいったん “真実” を認めだしたら、その人間は “背教者” となる。 真実に対する盲目性こそが、彼らを突き動かしているのである。 


ちなみに、日本で唯一政党を有している日本最大級の仏教系宗教団体の教祖は2012年に死亡しているが、公人の死亡というこの重大な事実は隠蔽されたままで、発表も報道もされていない。 


宗教も政治も芸能も、しょせん “虚像” の世界である。実像との落差を、常に “過大な美化” と “不当な隠蔽” で埋めることによって成り立っているのだ。   2016.07.03. 


 


 


人間としての堕落の第一歩


大人になると誰しもが、自分は子供や若者よりも知識が増え、経験も積み、賢くなった気になるものである。これが人間としての堕落の第一歩である。 2016.07.06.  


 


知識と経験


人間は年をとるにつれて、いやでも知識は増え、経験も豊富になっていく。当たり前なことだ。しかし、知識と経験が豊富になれば、誰でも賢くなるとは限らないのである。知識と経験が増えるにつれて、失敗が少なくなり、正しい判断ができるようになるという保証はどこにもないのだ。


実際は、次第に大きな失敗に気づかなくなり、誤った判断をしていながら、それが正しい判断であると思い込むようになっていることが多いのだ。こういった落とし穴に気づいている人間がどれだけいることか。こういった落とし穴に気づくことなく、年をとればとるほど賢くなっていると思い込んでいる人間が、いわゆる大人のほとんどである。そこにあるのは慢心、虚栄、驕りであり、支配欲、権力欲の恣(ほしいまま)の満足である。そして、謙虚さ、自省、寛容さの欠如である。   2016.07.06. 


 


子供、若者の判断力


大抵の大人は、子供や若者は “未熟” だと思いたがる。その分、自分は “成熟” していると思い込む。そして “成熟” とは “完成” もしくは、“より完成に近い状態” だと思い込んでいる。子供や若者は まだまだ “未完成” で、自分はずっと “完成” していると。こう思うこと自体が “堕落” なのである。 


年若い人間のほうが判断力において優っていることがあることを認める大人はまれである。それが大人の “慢心” であり、 “堕落” なのである。   2016.07.06. 


 


 


説教


説教とは、目上の者(主に年長者)が目下の者に対してする教訓話であると理解されている。しかし、実際はその話の内容には関係が無いのだ。単に目上の者がその立場を利用して目下の者を拘束し、自分の話を一方的に聞かせる行為を通じて上下関係を確認し、目下の者に服従を強いる行為なのである。  2016.08.28. 


 


説教の快感


説教をすることには非常に快感がある。 この快感はやみつきになり、機会さえあればこの快感をむさぼろうとする人間が世の中にはひしめいている。根底にあるのは “支配欲” であり、 “権力欲” である。  2016.08.28. 


 


説教好きな人間


わたしがいわゆる “説教好きな人間” を軽蔑するのは、自分が堕落していることに気づいていないからである。そして彼らは気づかないまま死ぬまで説教を繰り返していくのである。世の中のほとんどの大人がこれである。  2016.08.28. 


  


説教嫌いの教師


 わたしは長年教師をしていたが、職員室という職場はとりわけ説教好きの人間ばかりであった。いつでも誰かが生徒を呼びつけては説教をしているのであった。ときには電話で親に説教をしている者もいた。説教をすることこそが教師の仕事であるかのようであった。長い教員生活の間、わたしは自分のような説教嫌いの教師には、一人として出会ったことがなかった。大人の中で、特に説教好きで、それが仕事になっている人種が “教師” であろう。見方を変えると、そういう説教好きな人間がこぞって教師になりたがるのである。   2016.08.28. 


 


 


弁護士は “傭兵” である



弁護士は、法律という “武器” の扱いに長けた “傭兵” にすぎない。金さえもらえるならば、どんな邪悪な人間のためにも働く “傭兵” なのである。自分の雇い主の側に “正義” があるかどうかはどうでもいいのだ。


法律という “武器” を使って、雇い主を “防御” し、雇い主にとって不都合な相手を “攻撃” するのが、彼らの仕事である。自分の仕事が倫理に適っているかどうかは問題にならない。自分が悪人のために働いているのか、結果的に善人を苦しめていることになるかどうかまでは考えないのが、弁護士である。


法的に違法でなければ何でもするのが、弁護士である。彼らにとっては倫理的な意味での “正義” は一般人の抱く “幼稚な幻想” にすぎない。彼らにとって、“正義” とは、“法的に違法でないこと” なのである。 


現代社会では、悪い奴ほど金をもっている。悪徳企業ほど金がある。そしてそうした現代の “悪人” は自分の悪事を正当化もしくは隠蔽するために、こぞって弁護士を使うのである。つまり、“悪” が栄えるためには “弁護士” が必要なのである。今や “悪” が金を使って “自衛” する時代である。



銃火器マニアは、傭兵になって撃ちまくるのが快感であるように、口八丁手八丁の人間は弁護士になり、“機関銃” のようにまくしたてるのが快感なのである。


弁護士は、法律という “武器” の扱いに長けた “傭兵” にすぎない。金さえもらえるならば、どんな邪悪な人間のためにも働く “傭兵” なのである。自分の雇い主の側に “正義” があるかどうかはどうでもいいのだ。


2016.09.10. 


 


 


真実には二つある。重要な真実と、重要でない真実である。


2016.10.05. 


 


人間には二種類ある。重要な真実と重要でない真実の区別がつく人間と、つかない人間である。


2016.10.05. 


 


 


女性がミーハーなのは、男性がスケベなのと同じである。


2016.11.12. 


 


 



 


 

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私も常々思ってきたこと

人間としての劣化が始まるのは、自分が大人になったと錯覚するところから始まる。
それはつまり自分の成長の枠を制限することになる。
成長することを止めれば老い始めるのは当然。

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Author:ザウルス
真実は、受け入れられる者にはすがすがしい。
しかし、受け入れられない者には不快である。
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