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Xミッション:極限スポーツのオンパレード ★★★☆☆ ストーリーは二の次


Xミッション: 極限スポーツのオンパレード 


★★★☆☆ 3.0  “ストーリーは二の次” ネタバレ超満載


 


星3つにしたのは、マンガレベルのストーリーのお粗末さを補って余りあるCG不使用の実写アクションの迫力ゆえである。これは3D版を作ってもよかったのではないかと思う。


 


サーフィンやスノーボード、モトクロスなどを用いたエクストリームスポーツが多数登場し、トップアスリートたちの生身のスタントによって迫力のアクションシーンを創出している。元アスリートの若きFBI捜査官ジョニー・ユタは、エクストリームスポーツのカリスマ、ボーディが率いる超一流アスリート集団への潜入捜査という指令を受ける。ボーディ一味には、そのスキルを駆使した前代未聞の犯罪を実行している疑いがあった。命がけで潜入に成功したユタは、ボーディが犯罪の首謀者なのか、その証拠をつかむために捜査を続けるが、命知らずなアスリートたちと行動を共にするうち、ユタとボーディとの間にも信頼と友情が芽生え始める。  :映画.com より


 


“ストーリーは二の次” ということは観始めてからだんだんわかってきた。とにかく極限スポーツの痛快なシーンを楽しむようにできている。ストーリーはそれらをくくりつけるためのゆるやかな糸と理解すべきである。「FBIの潜入捜査」 という触れ込みにつられて観てしまったのだが、途中から “割り切って” 大自然の中の極限スポーツシーンを楽しむことにしだ。


 


 日本人教祖が出てくる必然性


この映画ではストーリーは、極限スポーツシーンを順につなげるためのゆるやかなヒモ程度のものであるので、ストーリーについての “突っ込み” はたしかに大人げないと思う。しかし、ストーリーの中でなんと “オザキ” なる日本人が出てくるので、どうしても触れないわけにはいかない。出てくると言っても、すべて 故人として “回想風に” である。


大自然の中で極限に挑む天才的アスリート集団が、実は環境保護の過激思想に凝り固まった一種のカルト集団で、その精神的支柱が “オザキ” という名前の天才的アスリートの日本人ということになっているのである。しかし、この カリスマ的教祖 “オザキ”自身は数年前に捕鯨船の活動を阻止しようと小型船で挑んですでに命を落とし、その時一緒にいた弟子が生き残って現在のカルト集団を率いているという設定なのだ。日本のカルト集団というとオウム真理教が思い起こされる。そのカリスマ的教祖は麻原ショーコーとか言っていた。


つまり、この映画は、日本人のカリスマ的教祖に帰依している狂信的カルト集団という非常にステレオタイプな、わかりやすい図式をストーリーに織り込んで映画に奥行きを与えようとしているのである。そして世界中の人々は無意識に納得しながらこの映画を観ているのだ。このSteve Aoki とかいう日本人俳優はそうした日本人のイメージの浸透に大いに貢献していると言える。


  


捕鯨国ニッポンの “蛮行” を身をもって阻止しようとしたのが “カミカゼ日本人" だったというところが皮肉が効いていて苦笑させられる。多くの外国人には実に理解しやすいことだろう。そして彼の遺志を引き継いで、“自然を自然に返す” ために活動している残党たちはまるでロビンフッドのように奪った金やダイヤモンドを第三世界の貧民たちにばらまいているのである。


しかし、こうした慈善活動であったら、FBIの潜入捜査官の活躍する余地ほとんどなく、全然ストーリーの展開にならない。そこで、脚本家はこのカルト集団を危険で過激なテロ集団へとエスカレートさせる必要があると判断したようだ。


そして、この集団はその高度な頭脳とアスリート能力を駆使したそれまでの “クリーン” な犯罪集団から、高性能爆薬や機関銃をフルに使う “ダーティ” な犯罪集団として起動することになる。そうなって初めて、FBIの潜入捜査官による必死の阻止活動が必要となってドラマが急展開するという仕掛けである。まさに現代世界のアメリカの立場そのままではないか。こういった思考の枠組みはこのレベルのB級映画の方がよくわかる。



やはり、ドラマや世界には “悪玉” が常に必要とされているようだ。“悪玉” に多少活躍してもらわないことには “正義の味方” の出番は永遠にないのだ。そして “悪玉” にもいろいろあって、“金” や“権力” のために悪に走る者もいれば、大義のためには人命の犠牲もいとわない狂信集団も存在するというわけだ。


この天才アスリート集団は資金調達のためにある銀行を襲撃するのだが、包囲した警察との銃撃戦は、さながらデ・ニーロ主演の 「ヒート」 のようだ。警官たちを射殺して逃げきろうとするのだが、このくらいの悪事をさせないとストーリーとしての枠組みが保てないということか。


 


B級映画のドラマツルギーから歴史の真理が見える


西洋では宇宙は “神の一撃” で始まったと中世以来言われるが、人間の歴史は “悪魔の一撃” で始まったというのがわたしの説だ。これによって、正義と悪との戦いが始まったのだ。考えてみたまえ“悪” なしでいったい何が始まるだろうか?“悪” こそがすべてを動かす原動力ではないか?そしてこれはドラマでも政治でも国際関係でも繰り返され、今やヒーローの出番を作るために悪玉が組織的に動員され、“悪事” が演出されている。ときどき “発生” する “テロリストによるテロ事件” が典型例である。今日の世界でいちばんの “悪玉” は、 “テロリスト” ではなかろうか?そしてそれを先頭を切ってやっつけようとしているのは、 ヒーロー?=アメリカ ではなかろうか?


“テロとの戦い” という大義名分をいちばん必要としているのはアメリカでなのである。この“悪玉” を征伐するのが正義の味方、アメリカだ というシナリオが厳然としてあるのだ。たとえば、アメリカの兵器産業 はとてつもない規模のマーケットで、日本の自動車産業など目ではないのだ。そして、アメリカはその兵器を闇ルートでテロリストにも売って儲けているのだ。中東にいつまでもアメリカ軍が駐屯しているのは、“テロリスト” のせいでその地域が “不安定” だからという理由だが、そう言いながら中東の “石油生産地帯” を軍事支配 しているのがアメリカである。


つまり、正義の味方のマッチポンプである。ヒーローが登場するためにはテロリストに暴れてもらう必要があるのだ。ヒーローであり続けるためには、常にどこかでテロリストに暴れてもらう必要があるのだ。つまりマッチポンプのシナリオがあるのだ。地域紛争、国際政治がハリウッド化 しているのである。国際世論という観客 を納得させるための “演出” が不断になされているのだ。


 


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コメント

Unknown

スティーブ アオキは俳優ではなくて、世界的に有名なDJです。

↑ Mr.AOKI は俳優

ご指摘ありがとうございます。そのことはわかっていましたが、この映画ではあくまでも “俳優” として出ていますので、あえてDJとしての “本業” には触れませんでした。この方の妹さんはモデルとしても活躍されているようですね。

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