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YouTube プーチンは死んでいる part 2:  処刑前のプーチン、絶体絶命!


YouTube プーチンは死んでいる part 2:  処刑前のプーチン、絶体絶命!


このビデオで紹介する動画は2012年に初めてYouTubeにアップロードされたものである。当時かなり物議をかもしたが、あまりにもショッキングな映像であったために、ニセモノだということにされて、すぐに見向きもされなくなった。
しかし、政治的現実というものは、常にひとびとの想像力の範囲を超えているのだ。 


2015年のプーチンの元妻の赤裸々な証言のおかげで、この動画が本物であることが裏づけられた。この元妻の証言は“YouTube プーチンは死んでいる part 1” ですべて聞くことができる。まともな人間が冷静に見れば、この動画が本物であることは、始めから疑いようがないものである。


プーチンは死んでいる part 2:  処刑前のプーチン、絶体絶命




 この動画を見ても、信じられないひとがいる。つまりそういうひとは、わたしが言うところの “無脳層” や “他脳層” の人間である。自分の頭、自分の感性によって判断できる “自脳層” の人間ならば、物事の真偽を自分で判断できるのだが、自分で考えない人間、いつもひとの権威をかさに着た“受け売り”に終始している人間は、本当に目の前に真実があっても判断できないのである。


そういう人間に典型的な発想はこうである。 「もし、これが本当ならもっと問題になっているはずで、新聞やテレビでも取り上げられているはずだ。そうなっていないのは、これがニセモノだからだ・・・」


そういう人間は頭をひねりながら去っていくか、反論にもならない “イチャモン” をつけていくものだ。


実際、“重要な真実”というものはマスメディア以外の、われわれに手の届くところに転がっていることがあるのだ。洞察力のない人間、自分の頭で考えない人間はマスメディアを馬鹿にしながらもけっきょくはその権威によって物事を判断しているので、マスメディアのお墨付きがないものは無視すべきだと思っているのだ。


 反論、批判のコメントが数多く浴びせられているが、すべて再反論で撃退している。決定的な証拠をもってこのビデオの真実性をくつがえすことに誰も成功していない。


 


以下、英語版


Putin Is Dead!  part 2:  Footage of Putin Before Execution
https://youtu.be/mjsWoCpTbxc


 



 


 



 

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コメント

ぷうちん

うーん、どうもプーチンさんがすでに死んでいる系は受け入れられません。むしろ、元妻はアメリカ諜報機関となんらかの関わりがあったのでは?とか西側のプロパガンダの一種ではとか思ったりしてしまいますね。

しかし動画もみずに信じないのではテレビしか信じない人と一緒ですので後で見ようと思います。

プーチン賛美者へ

プーチンファン、プーチン賛美者、プーチン崇拝者という人たちが日本にもけっこういる。要するに個人崇拝である。個人崇拝は宗教界、政界、芸能界ではふつうにあることだ。それぞれ救世主、リーダー、ヒーロー、アイドルにひれ伏すのである。

ひとつ確実なことは、こうした崇拝対象について、当の崇拝者たちと対等な議論は不可能であるという点である。なぜならば、彼らは崇拝対象についての何ら客観的、合理的な根拠もない諸々のことを丸ごと受け入れているからである。それどころか、その根拠のない受容によって自分をその崇拝対象と同一視し、周りの人間を見下しているからである。

彼らは崇拝対象を正当化するためには、どんな不合理な屁理屈でも臆面なく使う。崇拝対象を守るのが崇拝者の至上の義務と思っているからである。





ぷうちん

いやまず私はプーチンを崇めたてまくりというわけではありません。各国首脳を見渡した時にプーチンはかなりまともに見えるなあというだけなのであります。


プーチンも深いところであちら側ってのは充分にあり得ると思っているので。

他の記事にはなるほどなあと思わせられるものばかりでしたので、つい疑問符のついた記事にコメントをしただけの事だったのです。

なんとも申し訳ない事でしたm(_ _)m

にせプーチンの手腕

わたしが制作したYouTube 「プーチンは死んでいる」 の part 1 も part 2 も プーチンの政策、政治思想、政治家としての手腕には一切言及していない。そのことはこの2つのビデオが問題としている点とはまったく別問題だからである。
しかし、多くの人にとってはプーチンを論ずるということはすなわち彼の政策を論ずることなのである。わたしはあえてそういった、“床屋政談” とは一線を画したいのである。
“床屋政談”ではけっきょく「ヘタな本物より上手な偽物のほうがいい」 という誰もが思いつく実につまらない結論に終わるのだ。

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真実は、受け入れられる者にはすがすがしい。
しかし、受け入れられない者には不快である。
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