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“パリ同時テロ” 事件の“事実性”を呑ませるための周到なシンボル操作


“パリ同時テロ” 事件の“事実性”を呑ませるための巧妙なシンボル操作 


事件のあった数時間後から “パリ版ピースマーク” がネット上に流れた。いくら何でも早すぎる!調べてみると、あるイラストレーターが事件を受けてひらめいてすぐに描いた図案なのだそうだ。


それにしても、事件後の報道を追いかけるようにこの “パリ版ピースマーク” が世界を駆け巡って、あっという間に広まり、1週間も経たないうちにTシャツまでネットで販売されるようになった背景には周到な下準備と裏工作があったのではないかとわたしは考える。


事件が起きた数時間後ということは、この同時多発的な事件がいつ終わるのかもわからず、その背景もわからない状態だったはずである。“テロ”が同時多発的に展開しているさ中に、これだけの完成度をもったシンボルがアーチストの頭にさっと浮かんで手が動いたとは考えにくい。


絵でも音楽でも、芸術的創造という行為はあるていど現実と距離を持たないと成立しないものである。めまぐるしく展開する前代未聞の事件のさ中にあったら、そんな心の余裕はない。本来、こういったものは事件のほとぼりが冷めてから徐々にかたちをとってくるものである。大方のアーチストはこのわたしに同意するだろう。


わたしは、このイラストレーターはウソを言っていると確信している。


 


2015.12.05 追記: ネット上で見つけた以下の画像には、"17:56 -2015年11月13日" という明らかに “パリ同時テロ”発生以前のタイムスタンプが付されている。


いわゆる “パリ同時テロ事件” はパリ現地時間 "Between 9 p.m. and 9:40 p.m."  に起きたとされているわけであるから、このツイッターのタイムスタンプが現地時間のものだとすると“事件” が起きる3時間以上前にすでに流れていたことになる。明らかに “フライング” している。事件が起きてからこのマークを思いついて描いたという当のイラストレーター本人の話とすでに矛盾している。


またもし、このツイッターのタイムスタンプが日本時間のものだとすると、日本はパリより8時間早いので、なんと11時間以上の “フライング” ということになる。


このツイッターの画像は、わたしの “パリ版ピースマーク事前準備説” を十分に裏付けるものと言えよう。


 


さて、ここで “シンボル操作” といっているのはもちろん、“シンボルを利用した大衆操作” という意味である。“音楽療法” が 音楽を利用した療法” というのと同じである。


このマークを掲げることはそのまま、「“パリ同時テロ”は事実である!」 というメッセージを送ることになる。



 実際、このシンボルマークは最初は "Peace for Paris" というメッセージとともに流れたようだ。つまり、パリが “戦争状態” にあるという前提で成立するメッセージである。


“戦争状態” ということは言うまでもなく、“ひとがたくさん死んでいる” ということである。つまり、“テロ攻撃は事実で、それによってひとがたくさん死んだ” と言っているに等しい。


非常に強力な “プロパガンダ” であると言えないか?


このマークのTシャツ は、ファッショナブルなアイテムとしてすでにネット上ではかなり売れているようだが、これを着て街を歩くことは、そのまま 「あの“パリ同時テロ”は事実です!」 と世間に向かって触れまわっていることになる。


それほどの重い意味のあるメッセージが込められている。しかし、このTシャツを単に 「カッコいい!」 と思って飛びついて買って着る人間はそんなことは思いもよらず、何も知らないまま “パリ同時テロ”事実説 を身体を張って標榜することになる。世間の無脳層はどこの国でもそんなものである。



 


わたしは、このマークの発案と間髪を入れずにリリースした手際は、今回の“パリ同時テロ”被害演出作戦の非常に安上がりで効果的な “下部作戦” であったと見ている。


完成度の高い、優れたプロパガンダはマスメディアにひょいと投入すれば、あとは大衆のほうから飛びついてどんどん再生産して拡散してくれるのである。大元の発案者たちには笑いがとまらない展開であろう。



 



このマークの発案は断じて当のイラストレーターではない。今回の被害演出作戦は少なくとも1年以上の準備をかけているものと思われるが、その中でもこうした図案、シンボルを担当する部署があったことは間違いない。大衆操作の重要な要素である。


言葉でなく、たったこれだけの図象がこれだけのメッセージを伝えることができるのである。


こうした部署の担当者が長いことかけて練り上げたアイデアを、依頼を受けたこのイラストレーターが単に彼のタッチで実に見事に図象化しただけである。


わたしはこのイラストレーターの才能、センスを認めるにやぶさかではない。しかし事件の数時間後にこれだけのものが彼一人の頭だけから出てきたというのは、このシンボルマークの誕生をドラマチックに演出するための “作り話” である。


この、手描きのややヘタウマ風のタッチはヒューマンで非暴力なイメージを実にうまく表現している。



 


無防備なパリ市民の気持ちをうまく一つのシンボルマークに吸い上げることに成功している。



 


正直言って、わたしは 「してやられた」 と思っている。この完成度は並みはずれている。


 



 


 


事件3日後には空にまで描かれたこのシンボルマークは、もはやフランスの “国家的イコン” の地位に登りつめた。フランス政府は大手を振ってシリアをはじめとしたイスラム系の国を攻撃できるようになった。


わたしの友人のカナダ人は、わたしとのメールとテレビ電話ですっかりわたしの “被害演出説” を受け入れるようになった。今やわたしがまだ知らない “演出の事例” を毎日のように報告してくれるほどである。


しかし、彼が今度はパリに住む友人にテレビ電話でこの話をしたところ、救いようのないほどに染脳されていたとのことである。現地でのマスメディアによる毎日の大衆操作、染脳工作の濁流に耳まで浸かって動きが取れないほどであろう。そのパリの友人は相当の知識人であるそうな。


 


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コメント

半信半疑です。

初めまして。
突然の質問失礼します。

幾つかのテロが作られた、劇場版テロだという記事をあちこちで見かけますが、私自身その情報を肯定或いは否定する証拠も情報も持ち合わせていませんので何とも言えないのですが、テロを劇場型にする必要性にはどの様な理由があるのでしょうか?

あえてそれがバレる様に作っているとしか思えません。

たんにテロそのものを起こし、目的を果たせばいいだけの事ではないでしょうか?
なぜわざわざ演技を?

虚実の見極め

ボストンはどうにも疑わしい点がありすぎましたが、パリは本当に映像資料が出てこないので判断がつきかねます。

ですが「Samra Kesinovic」さんの件にしても文章だけで「撲殺されました。」と伝わったのをそのまま鵜呑みにはできません。

一般人が報道の信憑性を判断するのはとても難しいと思います。

テレビ、メディア

テレビ、特にバラエティー番組やニュースの染脳とういうものは非常に協力です。

僕は以前、あるバラエティー番組にゲスト出演させていただきました。初めてのテレビ収録、言われるがままに指示されたことをカメラの前でこなして行きます。11時間に及んだ収録時間は、15分という映像に加工、というよりも"精製"、されて全国に放送されます。

バラエティー番組というものは、しっかりと計画、脚本されています。撮った映像を加工、編集して観せたい映像をみせることができます。それがあたかも生のそのままの"加工されていない映像"の様にもみせることができます。というかほぼ全てのバラエティー番組がそのように生のまま、"加工されていない映像"のように放送されます。

正直、実際に出演した僕でも驚くほどの、全く別の映像に仕上がっていました。
あまりにも上手く"精製"されているため、映像を観ている人々はきっと疑う余地がありません。

キレイな白砂糖のように、甘く雑味がないのです。だから、食べたときには快楽を、そして後にはなにものこらないような代物なのです。忘れた頃に、また食べたくなります。

ピースマークのデザイン、まさにしてやられたと思いました。
人々は精製された食品のように、お菓子のようにそれを消費して一時の快楽に浸かることができます。

バラエティー番組が事実のように映像を流すならば、真面目な顔をしたニュースキャスターが伝える"ニュース"を誰が疑うでしょうか?

↑ 虚実の見極め

おっしゃる通りです。「とても難しいです。」

だからこそ新聞やテレビは疑ってかかるべきなのです。

↑ テレビ、メディア

同感です。
わたしはすでに 「ジャンクフードはテレビである。テレビはジャンクフードである」 という記事を書いています。よろしければ、ご覧ください。

http://blog.goo.ne.jp/zaurus13/e/ec90aa6a4476ee4bd198a0cb8ec7df48" target=_blank>http://blog.goo.ne.jp/zaurus13/e/ec90aa6a4476ee4bd198a0cb8ec7df48

疑う人を疑う人へ

我々日本人は、自国の首相が「原発はアンダーコントロールしてる」と、言い張ってオリンピックの権利を勝ち取った事を知っています。
現在、原発はコントロールされていると信じている国民は何割でしょうか?

中国政府が国民の言動を制圧しコントロールしている事は判っている筈です。

結局は自分の事で手一杯だし、自分に実害がなさそうならどうでも良いのです。

真実等はどうでも構わない。
そこに基準がないからです。

しかし、真実が捻じ曲げられて行く事で、不利益は徐々に起こります。

フクシマや東北支援の費用が足りないと云う触れ込みで決定された増税は?
どうなっていますか。

どんどん話はすり替わって、アンダーコントロールされているのは自分たちだということに気が付かない我々ですよ。

真実でないということは、誰かが操作しそれによるメリットを得ると云う事が隠れています。
つまり、放っておけばメリットを得るものと、それ以外のものに格差が生まれ、政治にコントロールされる社会になるという事を意味します。

ゆっくりと外堀から埋められて行くうちに身動きが取れない国になってしまうでしょうね。

テロ事件の総てがヤラセであるとは云いませんが、真実を見極める為にいろいろな情報を確認し自分で確かめる事は大事だと思います。

それは、結局最後は自分の判断で生きるか死ぬかが決まる事もあるからです。

津波によって亡くなった方には御冥福を祈りますが、知識と判断力が有れば失われなかった命もあると考えますし、誰かを助けられたかもしれないと思うのです。
TVがこう云ってるから、とか、あの人も大丈夫と云ってるから、なって理由で死にたいとは思いませんし、自分も守らねばならないものが有りますから、それを守る事もできません。

それほど遠くない未来に大地震も起こるでしょうし、富士山の噴火も有るでしょう。

その時に正しい行動が出来る様にする為には、人任せでは無理だと思いますよ。 まあ、運が強い人は大丈夫でしょうけどね。 私は自分の運がどこまで強いか判らないので、自分で考えて判断し行動出来る様にせざるを得ませんからね。


反対意見ももちろんOKですが、同じ土俵で話合う為には、その理由も明確にして話し合いたいと思いますね。
そんな事政府がするはずがないから、とか、そんな思い込みではなくね。

何しろ原発はアンダーコントロールなんだから。

長々と失礼致しました。

SEAMAN さんへ

かつて、“陰謀論者” conspiracy theorist という烙印を押してしまえば、信じるに値しない人間の戯言ということにできると思われていた時代がありました。
昨今、あまりにも彼らの説が裏付けられてきて、今や “陰謀現実主義者” conspiracy realist という呼称に変わってきています。

いわゆる “陰謀論ぎらい” のひとというのは世の中は性善説者と性悪説者の2つしかないと思っていて、自分は当然、性善説者だと思い込んでいるナイーブなひとたちです。
そしてどんな相手も性善説一本で通そうとしているのです。

実はわたくし、ザウルスは性善説者であると同時に性悪説者です。これはまったく矛盾しません。わたしは個々の生身の人間に対しては常に性善説で接して考えます。しかし、団体、組織、集団に対しては常に性悪説で接して考えるのです。つまり、わたしは政府、企業、さまざまな利益団体、民族集団に対しては常に疑ってかかっているのです。

“陰謀論ぎらい”のひとというのは、“個人” を超えた集団、組織も性善説一本で通そうとしているところに無理があるのです。



ザウルス様へ

御返答有難うございます。

こうしたテロ等の自分から距離をおいた内容に関しては性善説、性悪説的な解釈も正解と云えるべき範囲にハマると思いますが、原発等になると少しブレるような気がします。

原発には電気代、税金、世論等の自分に関わりの在る内容が必然的に含まれてしまうからです。

人間は社会的動物と云われる様に、自分の環境によって全く違う判断を行うものだと考えています。

そして、人一人に性 善 悪 共に持ち合わせて居るものだと思います。

つまり、今回のテロで云えば世論に乗ってりゃイイんだよって事です。
もし、違っていてもみんながそう云うからさって事の様に思えます。

いい例がFacebookのトリコロール柄です。 一気に増えましたが、それは如何なものかという風潮が現れると、さっと姿を消して日本人では殆ど居なくなりました。

結局、考えるという事をしない様なのですね。 誰かが云っている、そう書いてある。 良くても、評論的なモノがある程度で、それも信じるべき理由は曖昧なものが多い様です。

正しい情報を集めるのは難しいですが、やはりNETが普及したことによる情報量の多さやスピードは昔と比べるべくもありません。 更に色々な情報を得ながら考えると云う事を大切にして行きたいと思います。


追記:現在CO2の問題が当然の様に行われていますが、個人的には温暖化の問題はCO2では無いと考えています。

ヒートアイランド現象をベースに考える事が本来は必要なのではないかと考えています。

SEAMAN 様へ

特にいわゆる “原発問題” にご関心がおありのようですが、わたしはすでにいくつかその問題については記事を書いています。

「なぜ “核”発電所 と言わないか?」
http://blog.goo.ne.jp/zaurus13/e/80aff23d1ce49a1febeb5dc60b1fbb69" target=_blank>http://blog.goo.ne.jp/zaurus13/e/80aff23d1ce49a1febeb5dc60b1fbb69

また、「洗脳論 1」 というものも書いています。 http://blog.goo.ne.jp/zaurus13/e/d452cf8a810058162794adb8b6147b39" target=_blank>http://blog.goo.ne.jp/zaurus13/e/d452cf8a810058162794adb8b6147b39

ぜひごらんください。

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しかし、受け入れられない者には不快である。
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